風邪を引いてしまったらしい。
引いてしまったらしいというのは、自分でもよく分からないから疑問形なのだ。
昨夜から咳が止まらないし、鼻水はちょっと色付いてるし、頭がボーッとするし。
たまらず午後から休みを貰って、病院に駆け込んではみたものの。
「…」
長い、くちゃくちゃ長い。
どうやら病院内は風邪を引いた患者やインフルエンザのワクチン接種に来た人でごった返してるらしいんだ。
横を、サンタのぬいぐるみを持った女の子が走り抜ける。その後ろからもうちょっと小さな男の子が負けじと追いかける。
やれやれ、小さい子供をこんなところでマスクも付けさせずに走らせる親の顔が見てみたい。
そう思って向けた目線の先は。
ヤマンバでした。
親が親なら子も子でしかないか。ため息混じりに見つめた自分の手は、カサカサで白くなって震えていた。
来ヶ谷唯湖クリスマスSS祭専用書き下ろし?SS『ONLY TWILIGHT』
風邪なんてここ数年引いた覚えがなかった。いかに自分が幸運だったかがわかる気がする。え、僕が馬鹿だから?
やだなぁ、コンビニ談義をしていたのはせいぜい大学までだよ。今じゃコンビニが遠ざかり、いつもオフィス街に出張してくる弁当屋に
ライフラインつないでもらってる気分だ。間違ってもどこかの声優みたいにライフライナーとか言ったりしないけどね。第一お金貰ってるんじゃなくて払ってるし。
最近はそんな不摂生が続いたせいなのか、それとも机仕事過多のせいで身体を動かすことを忘れていたためなのか、とかく免疫力が弱っていた気がする。
可愛い彼女がいたころは、帰ってくるなり酒一杯引っ掛けてそのまま彼女を押し倒しベッドイン。彼女が舌出して泡吹いて気を失うまで愛し合ったものだ。
運動する理由があるっていいね。VIVA☆セックスは運動!
でもそんな性生活が長く続いたら当然向こうからも愛想尽かされる。酒が入ったときしか抱いてくれない、しかも気持ちいいを通り越して気絶させちゃうような
プレイに彼女が不満を感じ、三行半叩きつけられたのはかれこれ4ヶ月前になる。二人で買ったオーディオシステムや液晶テレビ、その他もろもろ全部持っていかれ、
少ない貯蓄から上手くやりくりしてまた同じのを買って。そうすると今度はオーディオの楽しさに今になって気づき、休日には部屋に篭って映画三昧。
そんな自堕落な生活してりゃ誰でも一発で身体ぶっ壊しますよ。あぁ、飲み干してきた缶ビールどもと、オーディオが憎い。
「げほげほ」
そうして見上げた天井。鼻水が逆流していくのを感じる。あぁ、気持ち悪い。そして条件反射で飲んでしまった。
うげぇ。ティッシュがあれば最高だったのに。これなら無理をしてでも駅前の携帯ショップのお姉ちゃんからティッシュ貰うべきだった。
でもほら?独身男がティッシュを血眼で求めたらイロイロ怪しまれそうじゃない。ナニに使うのかって。もっぱらナニニー的な意味で。
コレが某相坂さんなら『もらえるものは貰うし、持ってるのは嗜みでしょ?』で『おねーさまー』ってなるんだろうけど。
それくらい僕血眼でした。もうショップの姉ちゃんが怖がるくらい。あぁ、逃げてたもんね。そりゃ口がマスクで隠れてて目は乾いて充血して血眼。怖がるわ。
しかも病院までが遠い。オフィス街に病院が一個くらいあってもいいけど、総合病院はバスで4つ先の停留所の隣。なぜって今日は木曜日だから町医者は昼休診。
大きな総合病院くらいしか空いてないだろうと僕のナケナシの本能が気づいてそういうジャッジを下したわけだ。僕天才。
でもみんな考えることは同じで、この無機質な天井と、無機質なリノリウムの廊下に置かれたこれまた無機質なパイプ椅子の空間には、同じような発想で来た、これまた
無機質な人間達が大勢いて、子供が走り回っても注意しない、携帯は弄り放題で誰も咎めようとしない、挙句通話を開始するバカまでいる始末。
でも思う。これが僕らの限界なんだろう。
注意されないことが悪いことなんじゃないし、注意しないことも悪いことじゃない。無関心だから、許されてると勘違いしている。それだけの話なのだ。
僕だって、さすがに通話はしないけど、携帯を時計代わりにしているし、偉そうなことは言えない。それはみんな同じみたいで、隣のおじいちゃんだってそうしている。
しわがれた手、そのしわの一つ一つが年輪みたいで、時折聞こえる『この風邪がわしの最後の病気じゃろうて』と言う諦めの声と、隣にいるおばあちゃんの
『何言ってるんですか』という戒めの声が、なんとなく、二人がこれまで歩んできた道を再現しているように思えた。風邪ぐらいで死んで欲しくない。力強い手は、
これからも多くのものを残してくれるに違いないから。携帯を握る震えるしわの手を見つめ、怪訝そうな視線を感じ、そのまま僕は、目を背けた。
それにしても長い。
悠久のときを思わせるこの長さ、相坂さんなら既にブチ切れて『院長先生出しなさい』と騒ぎ始めそうなレベルだけど、僕はつつましく生きるタイプだから、
今のところはぐっとこらえている。でも、そろそろ限界かもしれない。なにしろ横になることもできず、座らされて1時間半、体力の限界が近づきつつあった。
もともと身体が強いかって聞かれるとNOと言うしかない僕。学生時代は定期的に運動していたけど、最近は前述のとおりセックスくらいしか身体動かすチャンス
なかったしね。メタボ検診が始まると僕もそろそろダメ出しされるやも、とビクビクしている毎日です。全部缶ビールのせいです。缶つながりのせいで菅政権のせいです。
これでビール値上げなんて言い出したらメタボ回避フラグと褒め称えると同時に、ストレス解消の源がー!って怒っちゃうからね僕。
さて、そんな話はさておき、さっきの話に戻るが、もういい加減体力の限界。このままじゃ僕死んじゃいますけど?タヒにますけど?
明らかに重篤患者に見えそうなもんなのに、誰もベッドに案内しようとしない。見ろこのザマを!お尻が半分椅子に乗ってないぐらいぐでーってなってるんだぞ!
もうダメ。コンビニで薬買って帰ろう。診断書は今度正式に診察してもらうときに書いてもらおう。そう思って立ち上がったときだった。
「直枝さーん、直枝理樹さーん」
「はっひふっへほー!」
はい!って元気よく答えるつもりがバイキンマンになってしまった。いや、そのバイキンに犯されてるんだけど。
うん?漢字は違うけど確かにヤられてる。そうだ、僕こそバイキンマンなんだ!なんか俄然勇気がわいてきたぞ!
…そうでもしないとこの苦痛をごまかしきれないんです、察してください。マリア様。
「こちらのほうへどうぞー」
中年の看護婦さんに案内されたのは…廊下。
しかも、この重篤患者にちょっと歩くことになりますが、と階段まで上らせる始末。
その件で少し不満そうにつぶやくと。
「はぁ。それが私達もさっぱりで…先生が絶対ここにお連れしなさいと」
「…」
どうやらその先生様とやらは3階の外科病棟にいるらしい。あれ、風邪って普通内科じゃないの?
あ、でも外科と内科を両方やってる病院ってあるし、患者さんの多さにビックリした先生が『こっちにお通ししろ。順番にだ!』と気を遣ってくれたのかもしれない。
まぁせめてエレベーターくらい使わせろって話だけどねー。
そして案内されたのは3階の外科病棟。渡り廊下と繋がっていて、その先が外科と入院施設。さすがに新設の病院だけあって、入院病棟周辺はまるでホテルのような感じ。
最上階の10階にはレストラン街もあるらしい。うーん、死にそうな患者も生き返りそう。そんな冗談はさておき、僕はドアを通されたのだった。
「先生、お連れしました」
「うむ。下がっていいぞ」
「はい」
ん、女の人?それにしては尊大な態度を取る人だな。第一印象そんな感じ。
「何をボーッと突っ立ってやがる。次が閊えているのに呼んだんだ、さっさとカーテンを開けて入ってくるがいい」
そしてすんげー偉そう。そんな医者になんて頼まれても見せてやらない。歌舞伎町のフーゾクでナース服の子に即尺されるほうがよっぽどマシだ。
そう思って踵を返そうとしたが、何か恐ろしいものに睨まれている気がして、足がそこからそれ以上動くことを拒んだ。そもそもこの口調、僕にはなんとなく覚えがある。
そう、尊大な態度と物腰、普通の女の子とは一線を隠したクールビューティー。
「…」
「あの、先生」
「うむ」
「もしかして先生って、僕のこと知ってます?」
その問いに、先生は。
「あぁ、よく知っている。カルテの登録があったので見てみたが、まさか、と目を疑った。案の定だったよ」
どうやら僕のことを知っているのは間違いないらしい。それなら。
「じゃあ、先生って髪は黒いストレートだったりします?」
「うむ。昔から髪型だけは変えたことがない。見紛うことなく、キミの思っているとおりだよ。直枝理樹君」
「じゃあ!」
バッ!すんごい勢いでカーテンを開ける。迷わなかった。だって、その人を僕も知っているんだから。
「くるがや…さ…ん!?」
そして、直後硬直した。
「よく…んっ、来たな、理樹君」
診察用の個室。そこでは肘置き付きの椅子で軽くまんぐり返しのM字開脚をして、黒のタイトスカートをめくり上げ、淡いピンクのブラウスを肌蹴させ、
純白のブラジャーと、黒のパンストに包まれた同じく純白のショーツを晒している、黒髪の女性だった。
僕が知っている女性と違うのは、紅いメタリックフレームのめがねを着用していることくらい。後は白衣なんて分かりきったものくらいだろう。
最初僕がその人を知っている人…初恋の人と認識するのに、かなりの時間を要した。
「むむ。普段の理樹君なら間違いなく襲ってくると思ってエクスタポーズを取ってみたのだが、見当違いだったな。キミは何者だ?」
「直枝、理樹だけど…」
「私の知っている理樹君はこのポーズを見るなり『ひゃっほーう、こいつは役得だぜグヘヘヘヘ』と言いながらパンストを破るはずなのだが」
間違いないこの人来ヶ谷さんだ!来ヶ谷唯湖さんだ!
胸の名札だけじゃ顔のよく似た人と片付けそうだったけど、これで納得いったよ。
「来ヶ谷さん!なにしてるのさっ!」
「うむ。その反応を待っていたぞ」
そうして衣服の乱れを、上目遣いで元に戻し、改めて僕に座るよう促す。
「久しぶりだな、理樹君」
「こっちこそげほっげほっ」
しまった風邪引いてるの忘れてたよ。
来ヶ谷唯湖さん。僕の初恋の女性だ。
高校時代、なんとなく近寄りがたい人だなと思いながら、同じ草野球チームで青春の汗を流し、かといって何かが進展したわけでもなく、
卒業と同時にお互いがお互いの道を歩んでいた。そう、いわゆる音信不通ってヤツだ。
風邪なのは外科医の私でも見れば分かる、とロクに症状も聞くことなく、来ヶ谷さんの後ろのドア、その先に控えていた看護婦さんに薬の手配を指示すると。
「息災そうで安心したぞ。ん、待て。無病息災ではないな。はっはっは」
変わらない、作ったような笑い方。
「来ヶ谷さんこそ。まさか病院の先生やってると思わなかったよ」
「…」
ふと、顔が曇り。そして。
「まぁ、イロイロあったんだ。それはそれは、エロエロでグショグショなことが」
「それ半分以上嘘でしょ」
「うむ」
言うと思ったよ。
でも、実際イロイロとワケありで医者になったらしい。
「私の父親も医者でな。自分の後を継いで医者になり、やがては開業医になるか、イヤならば彼の選んだ男と結婚するか、どっちか選べと迫られた」
来ヶ谷さんのお父さんも、ここではないけど結構大きな総合病院の副院長までのし上がった人らしい。そんな彼から出された条件は、医者になるか、家庭に入るか。
でも誰かに縛られるのが嫌いな、どこか飄々とした感じの来ヶ谷さんが、専業主婦なんて似合うはずもないし、本人もイヤだったらしく、医大卒業と医師国家試験余裕パス。
……その余裕でパスってのが少しムカつく。だって、僕には到底持てない頭の構造なんだから。そして、彼女もまた実家を出て、遠いこの街の総合病院に就職したそうな。
「父親は手のひら返すように見合い話ばかり送りつけてくるからバックレている。住所も変えたしな」
「イロイロ大変なんだね」
「だから冒頭で言っただろう?イロイロワケありなんだ、って」
「ふぅん…」
よく分からない。
コミュニケーション能力が低く、斜め上の発言しかしないからこの年にして窓際族。外回りもろくに成果を挙げられず毎日部長から怒られる始末。
今日だって、本音言うと休みを貰ったわけじゃない。『あーそう。あぁいいよ。好きにしてくれ』と投げやりに課長から言われただけなんだ。
クビにはしない。でも死ぬほど働いてもらう。そんな会社だから、僕だって永く持つか分からない。ともすればすぐにでも飛び降りそうな勢いだったのに。
そんな空気を察したのか、来ヶ谷さんは。
「理樹君」
「ん…」
昔のように、いつかのように、後ろから抱きしめてくれた。
「理樹君が風邪を引いた理由は、なんとなく分かる」
「…」
「自分なんていてもいなくても同じこと。だったらいない扱いして欲しい。でも、心のどこかで構って欲しい。そう思って、知恵熱が出たんだろう?」
「…」
違うようで、あながち的外れじゃない答え。
「誰だってそうなんだ。失敗をすることを恐れ、いいところを見せようと思って言ったことが的外れで恥をかき、そこから学び取る」
「生憎私は最初からそんなことには関わりたくなかったから何も言うことはなかったが、こんな態度だから誰にも相手にされず仕舞い。退屈してたんだ」
来ヶ谷さんには来ヶ谷さんなりの寂しさがあり、僕には僕なりの悔しさがあった。
「逃げ場を、提供してやろうか?」
「えっ?」
耳元で囁かれた吐息は、甘く切ないミントの香り。
「簡単なことさ。ちょうど個室が一個空いていてな。理樹君の病状を少し重く書いて診断書を回しておくから」
「…意味分からないんだけど」
「度し難いなキミも。逃げ場を提供してやると言ってるんだ」
そうして来ヶ谷さんから出された答えは。
「今日から3週間の入院を命ずる。症状:流行性感冒と肺炎併発。ただし検出されたウイルスが鳥の可能性があるため、経過観察として3週間だ」
「…来ヶ谷さん」
「十分に頭を冷やすといい。私もお手伝いをしてやるとしよう。まずキミの会社にファックスで診断書を送りつけておく。番号を教えたまえ」
「…うんっ!」
ちなみに余談だが、直後、オフィス街の一個のオフィスが騒然となり、みんないっせいにインフルエンザの診断を受けに行き、業務が滞ったことを付け加えておく。
来ヶ谷さんと過ごす時間は、とても穏やかだった。
相変わらず表情は多くないけど優しい彼女と、アレから笑うことも泣くことも忘れていた僕。
そんな僕の変化を察してくれたのか、こんな時間にここにいてもいいの?と思うような時間帯でも僕のために時間を割いてくれた。
「不味い病院食にうなされてるだろう?」
「うん、すごく不味いや」
「それは私が作ったんだが」
「嘘でしょ」
でも確かにそうかもしれない。来ヶ谷さんってなんとなーく、料理より某10秒チャージを持っているほうが似合ってる気がする。
学生時代、何かのときにクッキーを作ってくれた記憶があるけど、あれ、もう味覚えてないや。だから言ってみた。
「昔みたいにクッキー作ってよ」
「はて、いつのことだったか」
相手も覚えてなかった。
「冗談だ。まぁいい。諭吉1人で手を打とう」
「市販品買ってきまーす」
「何だと貴様」
「うぐぅ」
こんなバカみたいな掛け合いをしながら、ふとカレンダーに目をやると。
「そう言えばあさってだっけ。クリスマスイヴ」
その言葉に来ヶ谷さんは。
「別に信じてもいないんだろう?なら祝う必要などない」
相変わらずそういうところだけは現実的な人です。というより、そんなのもう疲れたよ的な年齢じゃないでしょまだ。
ふと言ってみる。
「一緒に過ごす?」
「それはベッドインのお誘いか?構わないが、諭吉5人だぞ」
どこかのS音様を混ぜるのはやめてください。
「お金取られてもいいから、一緒にいたいって言ったら?」
「諭吉8人だ」
なぜ増える。
「はっはっは。まぁ冗談だ。だが医者とは常にいろんな状況で急に仕事が入るものだからな。約束は出来ないぞ?」
そんなの、分かってる。
突然のオペだって、また、患者さんが急変する事だってある。入院して5日目のこと。突然彼女の呼び出し用の携帯が鳴り、彼女が血相を変えて病室から
飛び出していったことがあった。来ヶ谷さんが受け持っていたおじいちゃんが、快方に向かっていたけど状況が悪化して、その日の晩に亡くなったらしい。
「この間のようなこともあるしな」
そして、その日来ヶ谷さんはついに現れず、翌朝、とても疲れきった顔で僕のベッドに倒れこんできた。
来ヶ谷さん言ってたっけ。人を救えないのが辛いんじゃない。先生、ありがとう、ありがとう、そう言って手を握られながら死なれる事がとても辛いんだって。
「私は救うことが出来なかったんだ。でも、そんな私にも死に際にあんなにいい笑顔で『ありがとう先生』と言われると、私は、私じゃなくなってしまう気がする」
「来ヶ谷さん…」
辛い仕事だと思う。報われることもあるし、報われない事のほうが多い。
僕は見てしまったんだ。来ヶ谷さんと何人かのお医者さんが、おじいちゃんの遺族と思われる人たちから罵倒されていたところを。
人殺し!この間ひ孫が生まれたばかりなのに!おじいちゃんを返しなさいよ!
人の生命を救えば名医、死なせてしまえば人殺し。そんな世界でまるでガラス細工のように生きる来ヶ谷さん。
あまりに脆そうだったから、僕は、ふと彼女を抱きしめた。
「理樹君…」
「でも来ヶ谷さんは僕を生かしてくれてる。また戦えるようにしてくれてる」
「ん」
触れる唇。もちろん殴られるのは覚悟の上だ。
「僕、退院したらちゃんと伝えようと思うんだ。僕は道具じゃありません、おもちゃじゃありません。もっと僕にさせてください、期待してくださいって」
「それで、ダメだって言われたら?」
とびっきりの笑顔で返してやるのだ。
「専業主夫にでもなろうかな。来ヶ谷さんのヒモに」
「ふふっ、お似合いだ、理樹君。いいぞ、私の夫にしてやる。だが私はワガママだぞ?」
「うん、今更だよ。そんなこと」
次のキスは、彼女からだった。
そして、僕はクリスマスを、病院のベッドの上で迎えていた。
雪が降り注ぐ外の世界は、とても冷たく、とても寂しそう。暖房の完備されてない部屋だったら、今頃僕は凍えて丸くなっている。
暑いくらいで蹴っ飛ばした毛布や掛け布団。その上に乱雑に散らかる僕と女性物の服や下着。響く水音。
クリスマスイブの夜。不味い病院食と不味いケーキを情けない面で頬張っていた僕にも、天使が舞い降りたんだ。
「んっ、はっ、はっ、はぁ…っ」
「んっ、ゆい、こっ」
名前で呼んでやるたび、彼女の膣は熱く強く収縮し、僕を根元から千切ろうとする。それに抗おうと彼女の奥に侵入するたび、彼女の身体がビクンとゴム鞠のように跳ねる。
「り、きっ、り、きくんっ、名前でぇっ、呼ぶなはぁぁっ!」
目の前の黒髪の女の子は、いつもの精悍な顔つきではなく、舌をだらしなく出し、そこからよだれの雫を垂れ流す下品なメス犬。
子宮の入り口をゴンゴンとノックされるのがたまらないらしく、セックスは彼女に求められるまま騎乗位でこなす。
僕も高まる焦燥感と射精感の間で自分を見失うまいと、彼女の乳首に塗られた生クリームを、乳首ごと口に含む。
「んん”ん〜っ!」
目を丸くした彼女が、直後には目をトロンとさせて、更なる膣の収縮が起こり、僕の怒張は、もう限界まで達していた。
クリームよりも、雪よりも、白くて濃い僕の迸りが、たまらず来ヶ谷さんの膣を逆流し、子宮まで到達しようと噴き上がる。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
声にならない悲鳴。乳房の海に僕をおぼれさせようとする強烈な抱きしめ。
どくん、どくん。僕の精液が彼女の胎内をホワイトクリスマスに染め上げる鼓動と、彼女の心臓の音。両方に包まれ、僕は。
「唯湖、メリークリスマス」
「名前で呼ぶなと…」
不貞腐れる可愛い彼女に、クリスマスの口上を述べた。
雪が次第に強さを増し、断熱してある部屋でも、窓に触れると冷たさを感じる。
その窓に来ヶ谷さんを押し付け、肉付きのよい、しなやかな脚を持ち上げて手すりに乗せ、そのままの姿勢で後ろからハメる。
90cm以上はあると思う、彼女の乳房が窓に押し当てられ、潰れた姿もまたソソるというもの。例のごとく、横を向いた彼女の口からは、ルージュレッドの舌が
だらしなく垂れ、よだれを窓ガラスに這わせていた。
「ひゃめっ、ひゃめぇっ…りき、りきっ…」
「みてっ、ゆいこっ、ホワイト、クリスマスっ!」
雪は次第に吹雪に近い勢いとなっている。明日には絶対積もってる。交通機関も麻痺してる。
そんな世界を見下ろしながら、僕は、こんなに美しい女性を抱いている。それも、晴れた日だったら絶対見られるような窓辺で。
すばらしい体験だからこそ、してみたいこともある。僕は試しに、彼女からモノを抜いた。
案の定彼女の口から「えっ」という疑問符が聞こえる。そして直後、睨みつける視線。
「抜けちゃった」
「嘘だっ…はやく、その…」
膣に僕のアレの感覚が残っているんだろう。速く速くとモジモジする。だからとびきりの意地悪で応えてやるんだ。
「唯湖がエッチにお尻を振りながら僕を求めてくれたらまた入れてあげる。嫌がったらもう入れてあげないからね?」
「…」
初めて見た。来ヶ谷さんの泣きそうな顔。やっぱりどんなに強靭な精神力と男にも負けない体力を持っていたって、一度男の味を覚えてしまえば、
所詮は弱い女。女の内面が外側に出てしまい、僕みたいな男にも簡単に懐柔される。
来ヶ谷さんは戸惑い、どうしようかと一瞬悩んだみたいだ。泣きそうな目で見つめれば、僕が罪悪感にさいなまれてまたハメてくれる、そう思ったに違いない。
でも僕の態度にそれはないと諦めたのか、手すりから脚を下ろし、両方の手でラヴィアを広げて、お尻を振りながらおねだりを始めてくれた。
「…っ、わ、私の」
「んー。そこは『ゆいこ』って一人称で言って欲しいなー」
「!?」
自分の名前を他人に呼ばれることを恥ずかしがる来ヶ谷さんだ。ましてセックスのとき、こんなじらしをされたとなれば。
「ほら、どうしたの?これ、欲しくないの?このまま唯湖をオカズに一人で出しちゃうよ?」
「そ、それはイヤだっ!」
「だったらほら、分かるよね?」
「…っ、くぅぅぅっ…」
コレまでにない征服欲が満たされる瞬間。
「ゆ、ゆいこの…え、えっちなおま○こに…り、りきの太くて固いの、欲しい…っ!」
「子宮まで…子どもを育てる部屋まで…もう理樹以外愛せないように…染めて……ッ!」
「よく出来ました」
そのまま彼女の尻の柔肉を掴み、怒張を、奥までねじ込む。
「ひゃぁぁぁあぁああぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!」
防音のしてあるこの部屋(緊急の外科治療が必要な場合、多少患者が騒いでも大丈夫なように防音がしてあるって来ヶ谷さんが言ってた)でも、廊下まで響いて
しまうんじゃないか、って思う来ヶ谷さんの悲鳴と嬌声。
「も、うっ、理樹のモノっ、理樹だけの、来ヶ谷唯湖になる…ッ!」
「来ヶ谷先生のすべて、理樹に売約済みッ!クリスマスに結ばれたッ性なるカップルっ!」
強制おねだりのせいなのか、思考回路がショートして焼き切れた来ヶ谷さんは、普段なら絶対言わない恥ずかしセリフをバンバン吐きまくる。
可愛い彼女、最高の彼女。僕の腰は、彼女の子宮を破壊して、僕以外のオスが愛せない身体にしてやるために、前後に激しくスイングする。
しかし、それにしても可愛らしくていやらしいメス犬の嬌声だ。こんな声、万が一にも他の男に聞かせたくないし、ズリネタにさせたくない。
だから僕は器用に手を伸ばし、床に落ちていた来ヶ谷さんのショーツを拾う。そして、それを丸めて来ヶ谷さんの口に突っ込む。
「ふぐぅぅっ!?」
何をされたか分からないのか、声にならない声を上げる来ヶ谷さん。手は僕に引っ張られていて、前に出すことが出来ない。
そのまま窓に押し付け、パンティが吐き出せないようにする。さっきまで自分が穿いていたモノを口に押し込まれるのが屈辱なのか、吐き出そうとするが。
「吐き出したら、もう入れてあげない」
「むぅっ……」
残念そうな顔、すごくソソる。何でこんな可愛らしいメスになってるんだろう。
そんなメス犬と交尾している僕。そうだ、これは交尾なんだ。大好きな来ヶ谷さんを孕ませる、少し怖い大冒険。
ピストンしながら下腹部に手を伸ばし、撫でてみる。
するとさっきまで文字通り殺気を放っていた来ヶ谷さんの目が、トロンとなり、優しそうな顔になる。
追い討ちが掛けたくなって耳元で囁く。
「直枝唯湖になりたい?それとも来ヶ谷理樹?」
前者なら首を縦に、後者なら首を横に振ってと伝える。だってパンツ吐き出したらその瞬間プレイ終了だから。
答えは、後者。
多分僕がヒモだから僕が婿入りしちゃえよベイベーって意味なんだろう。まぁいいや、僕としては一生彼女のそばにいられれば問題ないし。
「じゃ、来ヶ谷理樹、イッきまーす!」
「!!!」
子宮に向けてのグラインドを激しくする。突き上げる感じ。子宮の入り口をノックしてやると来ヶ谷さんは目を丸くして、そして。
「むぅっ、むぅっ!」
もうやめて、壊れちゃう、とでも言いたいのだろうか。首を横に振り始めた。
「.やめないよ。唯湖さん」
「!」
ねちっこく突き上げアンド揺さぶり。でもぶっちゃけ限界も近いからあまり楽しんでられない。
下腹部を撫でていた手で彼女の口の中のショーツを取り出す。やっとマトモに息出来るようになった来ヶ谷さん。うわ、唾液でグショグショだー。
あとで使わせてもらおっと。
「り、きっ、りきぃっ」
もう名前で呼ぶのが精一杯の来ヶ谷さん。僕もそろそろ限界だ。
「ねぇ唯湖、孕ませられたい?とびっきり濃いので赤ちゃん作られたい?」
耳元で意地悪に囁くと。
「りきで孕みたい!理樹の子産みたいっ!孕む、孕む孕む孕むぅっ!」
窓の手すりから手を離し、片方の腕を僕の首に絡ませる。そしてキスを求めてくる。
だから僕は彼女の片脚を持ち上げ、そのままグラインド。わんわんスタイルで孕ませる。
「ほらっ、ゆいこ、犬みたいになってるよ!犬っぽく孕んで!5人くらい一気に産んで!」
「は、らむっ、これ、絶対膣奥にくるっ!理樹汁で孕むぅっ、わおーんっ!」
もう思考回路どころか羞恥心もぶっ飛んでしまっているようです。そんな彼女に口付けながら、僕は最後の一撃を、彼女の子宮めがけ放ったのだった。
「わぉーんっ、あおーんっ!」
来ヶ谷さんっぽく限りなく犬っぽい何かの声を出しながら膣出ししてやると。
「くぅん、くぅん、わんっ、あおーんっ!」
それにしてもこの来ヶ谷さんノリノリである。
情事も終わり、小さいベッドの上で僕たちは抱き合っていた。
「まさかイブにこんな変態プレイするとは思わなかったぞ」
「僕も来ヶ谷さんが犬みたいに腰振って孕ませてなんていうと思わなかったよあいたっ」
デコピンされました。
「わ、私としては孕まされることは苦痛ではないが、そんな風に連呼されて嬉しいものでもないんだぞ…」
あ、この来ヶ谷さん可愛い。
新ジャンル『デレゆい』。
「そして、理樹君。さっきのことは本気にするからな」
「え、なに?」
「…来ヶ谷理樹」
「…うん」
不機嫌そうにボソリと呟いた言葉に、うんとうなづく。そうだ。僕はこれから来ヶ谷理樹なんだ。
「家族を、守らなくちゃね」
「ならヒモじゃなくて立派に働いてくれ、だんな様」
イヤでござる!拙者絶対に働きたくないでござる!なんて言う勇気はないけど。
「頑張ります」
「よろしい」
ちゅっ、おでこに触れる唇。
すると、時計が午前零時を指した。イヴが、クリスマス本番になる。
「子供に伝えたいものだな。クリスマスに仕込んだ子だぞって」
「それは生々しいからやめて…」
冗談だ、とはっはっはと笑う彼女を抱きしめながら。
「理樹君?」
「…偶然だと思えないんだ」
「何が」
僕があの時、ただ単にこの病院を選んだって思えないんだ。
一番近い病院なんてここ以外にも本当は何箇所かあったことをその直後に知ったし、みんなその日は昼休診じゃなかったんだ。
ならなんでと聞かれると分からない。でも。
「きっと、来ヶ谷さんが僕を呼んでくれたんだよ。ここにいるぞって」
「そんなこと……」
出来るものか、と言おうとして。
「…そうかもしれないな」
「え」
「一人は、いい加減疲れたから」
ふわふわした胸に僕の頭を包み込み。
「一人の時間は十分に楽しんだ。それなら次は誰かの妻、誰かの母として生きてみるのも悪くないのかもしれないな」
一人に疲れたから、きっと同じような境遇の理樹君を、何かが出会わせてくれたんだろう。
外を見ると、どこかのタワーが綺麗にライトアップされていた。
白衣だけ羽織って窓際に立つ彼女。僕もついていく。
後ろから抱きしめ、一緒になって見るイルミネーション。
「二人のクリスマスは、これが初めてだな」
「うん」
「クリスマスヴァージンまで奪って、本当に酷い男だよ、キミは」
そう言えば彼女の初めてを全部奪ったの、僕だったよね。ゴメン。
「責任はどう取ってくれる?」
「僕と一緒になれてよかったと思ってくれる人生を提供します」
「ダメだったらクレームどころか即返品だからな、覚悟しろ」
「あい」
そうして彼女の豊満な胸を触りながら、クリスマス当日最初のセックスをまた再び始めようとしていた。
彼女も呆れたのか、もう好きにして状態。セックスレスで返品されるより、枯れるまで抱いたほうがいいかな、なんてね。
時間は流れる。
来ヶ谷理樹になった僕は、結局会社に残る道を選んだ。
最初は血色のいい顔で帰ってきた僕に、上司も同僚も冷ややかだった。なんだあいつ、まだ居座る気かよって囁かれてたっけ。
でも、僕は守るものを見つけたんだ。彼女のヒモで生きるのもいいけど、対等な関係でいたいから。こんな立場でも頑張ってみせる。
すれ違うことも多かったし、自分の部屋を引き払って彼女の住む高級マンションに転がり込んだとき、家具や家電のレイアウトでだいぶ揉めたけど。
「ただいま」
「お帰り。今日は早かったんだな」
「うん、だって今日は」
リビングに向かうと『パパおそーい!』と頬を膨らませる、母親に似た黒髪の小さい女の子。
「ごめんね唯華(ゆうか)、サンタさんに忘れないようにうちに来てくださいねってお願いしにいってたんだ」
「わーいっ、パパっ、ちゃんとぷれぜんとつたえてくれた?」
「うん、そりゃもちろん。あとは届いてからのお楽しみだね」
そんな風に頭を撫でて、お母さんのお手伝いをしにいくように伝えると、元気よくキッチンに向かい走り出した。
そして。
「唯湖さんこそ、今日は急患もないんだね」
「最初から非番にしてもらっているからな。何かあったら出動はするが」
自慢だった長い髪を、僕達の娘、唯華の出産を機に短くしたところ、そのほうが似合うと絶賛され今は肩位までの長さにしている奥さん。
「娘の成長を見守ってやることも、もうしばらくは必要だろう?ママあっちいけー、パパくさいーって言われるようになるまではな」
パパ臭いはマジで勘弁してください。そうならないように気をつけますから。
キッチンから「ママお皿並べ終わったー!」と元気のいい声が聞こえ、頃合かな、と思ってキッチンに向かう僕ら。
「あ、そうそう」
「ん?」
「クリスマスプレゼントがあるんだ。唯華と一緒に聞いてくれ」
「うん?」
ちなみに直後に聞かされたプレゼントとは、第二子受胎のお伝えでした。
唯華、本当に喜んでたしね。
「というわけだから、もっと頑張ってくれたまえ、だんな様」
「くれたまえ、パパー」
重圧?そんなの感じたことはない。
だって、いろんな事から逃げ出して、怖くなって放り出して、それでも神様は僕を見捨てなかったんだ。
どんな人にも平等にクリスマスはやってくるんだから、この日くらいは、主人公でいたいじゃないか。
子供だけじゃなく、僕たちだって、願って動けば主役になれる。静かに降り積もる雪が、僕に教えてくれたから。
そんなことをクールに考えていると、シャンメリーの栓を娘にぶつけられました。ぐすん。
まだ当分クリスマスのよさの分かるいい男にはなれそうにない。でも、それでいいんだ。いつまでも、愛しいこの人たちとともに。
(おわり)
あとがき。
さて、あたしの復帰第1作目がこんなんでごめんなさい。
意味なくみさくら語とかその類使って唯湖さんを攻めたかっただけです。満足ぢゃあ。
クリスマスSS祭おめでとうございます。開催無事に出来たかしら。クリスマスは仕事なのでゆっくり皆さんのSS見れないかもしれないけど、
ちゃんと仕事終わったら見るから絶対残しておきなさい!おねーさんとの約束だ!
そう言えば最近ヒカルお姉さまが出てる作品でいいのなかったかなー、なんて考えながら、SS書く元気もなかったあたしに舞い降りたこんなチャンス。
久々に、誰かと一緒に過ごしたいな、なんてみんなが思ってくれるようなSSを書くことが出来てるか不安ですが、まぁそれはそれ。
リア充はくたばれ!とか騒いだらダメよ。相坂でした。